大阪地方裁判所 平成10年(ワ)6061号 判決 1999年2月18日
原告
株式会社住進
右代表者代表取締役
德永進
右訴訟代理人弁護士
村木茂
右同
大涯池雄
右同
張進
被告
甲野八重子
被告
乙川和子
右両名訴訟代理人弁護士
三井雅友
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は、原告ぼ負担とする。
事実及び理由
第一 請求
被告らは原告に対し、連帯して、金四一〇万円及びこれに対する被告乙川和子については平成一〇年六月二八日から、被告甲野八重子については同年七月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 請求原因
一 原告は主として、不動産売買、賃貸、仲介及び管理を目的とする株式会社である。
二 原告は被告らから、平成一〇年三月一二日、別紙物件目録記載の土地及び建物(以下それぞれ「本件土地」、「本件建物」という。)を以下の約定で買い受けた(以下「本件売買契約」という。)
1 代金 一六〇〇万円
2 代金支払方法 本件売買契約時に手付金として一六〇万円、同年五月一二日に一四四〇万円を支払う。
3 解約解除による違約金の定め手付金の倍額
三 原告は被告らに対し、本件売買契約締結時に一六〇万円を支払い、本件建物を解体した。
四 原告は本件土地上に建物を建てて他に売却する予定であったところ、本件建物内で被告らの母親が平成八年に首吊り自殺をしていたが、被告らは右事実を本件売買契約時に原告に告げていない。
五 平成八年に本件建物内で首吊り自殺があったという事実は、本件売買契約の目的物である本件土地及び建物にまつわる嫌悪すべき歴史的背景に起因する心理的欠陥であり、原告は本件売買契約時に右瑕疵の存在を知らなかったのであるから、売買の目的物に隠れた瑕疵があるといえ、原告はこれによって本件建物を解体し、本件土地上に建物を建てて売却するということは不可能となった。
六 よって、原告は被告らに対し、平成一〇年五月二日到達の内容証明郵便によって、本件売買契約を解除する旨の意思表示をするとともに、損害賠償として、手付金の倍額の三二〇万円及び本件建物解体費用九〇万円の合計四一〇万円及びこれに対する弁済期後であることが明らかな被告乙川和子については平成一〇年六月二八日から、被告甲野八重子については同年七月三日(いずれも訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
七 被告らは本件売買契約締結時において、被告らの母親が本件建物内において、平成八年に首吊り自殺をした事実を説明していないものであるところ、原告は本件売買契約を締結するに際して、被告らに本件土地上に建売住宅を建築して販売する目的を告げていたのであるから、右事実は本件売買契約締結について重要な意味を有する。なぜなら、自殺のあった本件土地に建売住宅を建築しても、売却できず、原告のみならず通常一般人においてもその事実を知っていたなら、本件建物を購入していなかったといえるからである。したがって、被告らには本件売買契約を締結する際には右事実を説明する義務があったというべきであり、被告らには右説明義務を履行していないという債務不履行がある。
八 よって、原告は被告らに対し、第二回口頭弁論において本件売買契約を解除する旨の意思表示をし、併せて前記六記載の損害賠償を求める。
九 被告らは本件売買契約締結にあたり、本件建物内において、平成八年に被告らの母親が首吊り自殺した事実を告げなかったのであり、右事実は本件土地及び建物にまつわる嫌悪すべき歴史的背景に起因する心理的欠陥であり、原告は右欠陥がないもの誤信して本件売買契約を締結した。しかし、右事実を原告が知っていたなら本件売買契約は締結しなかったし、かつ、一般通常人も本件売買契約を締結しなかったといえる。したがって、本件売買契約は要素の錯誤により、無効である。
第三 請求原因に対する認否
一 請求原因一ないし四の事実は認める。
二 同五について、被告らの母親が本件建物内で首吊り自殺をした事実が本件土地及び建物の瑕疵に該当することは否認する。その余は争う。
三 同六について、原告が被告らに対し、平成一〇年五月二日到達の内容証明郵便によって、本件売買契約の解除の意思表示をした事実は認め、その余は争う。
四 同七について、被告らの母親が本件建物内で首吊り自殺した事実について、被告らに説明義務があることは否認し、その余は争う。
五 同九について、争う。被告らの母親が本件建物内で首吊り自殺した事実が本件売買契約の要素に関わるものではなく、原告に要素の錯誤はない。
第四 判断
一 請求原因一ないし四の事実は当事者間に争いがない。
二 同五、同七及び同九について
1 右各主張に共通する点は本件建物内において被告らの母親が平成八年に首吊り自殺した事実が本件売買契約においていかなる意味を有しているか否かである。
2 原告が自認するように本件土地及び建物を買い受けたのは、本件建物に原告が居住するのではなく、本件建物を取り壊した上、本件土地上に新たに建物を建築して、これを第三者に売却するためであり、現に甲第三号証によると、遅くとも平成一〇年五月一二日までに本件建物は原告によって解体されている。したがって、本件売買契約における原告の意思は主として本件土地を取得することにあったものと考えられるうえ、現在本件建物は存在しないのであるから、問題は、解体して存在しなくなった本件建物において、被告らの母親が平成八年に首吊り自殺したという事実が本件土地の取得においていかなる意味を有するかという点になる。
3 確かに継続的に生活する場所である建物内において、首吊り自殺があったという事実は民法五七〇条が規定する物の瑕疵に該当する余地があると考えられるが、本件においては、本件土地について、かつてその上に存していた本件建物内で平成八年に首吊り自殺があったということであり、嫌悪すべき心理的欠陥の対象は具体的な建物の中の一部の空間という特定を離れて、もはや特定できない一空間内におけるものに変容していることや、土地にまつわる歴史的背景に原因する心理的な欠陥は少なくないことが想定されるのであるから、その嫌悪の度合いは特に縁起をかついだり、因縁を気にするなど特定の者はともかく、通常一般人が本件土地上に新たに建築された建物を居住の用に適さないと感じることが合理的であると判断される程度には至っておらず、このことからして、原告が本件土地の買主となった場合においてもおよそ転売が不能であると判断することについて合理性があるとはいえない。
したがって、本件建物内において、平成八年に首吊り自殺があったという事実は、本件売買契約において、隠れた瑕疵には該当しないとするのが相当である。
4 同じく、右事実が隠れた瑕疵に該当しない以上、右事実について、被告らに説明義務を認めることはできず、また、本件売買契約について、原告に要素の錯誤があるともいえない。
三 以上から、請求原因五、七及び九はいずれも認められず、原告の請求はその余の点を判断するまでもなく、いずれも理由がない。
(裁判官今中秀雄)
別紙<省略>